目次
1. 同時履行の抗弁権の基本概念
①同時履行の抗弁権とは
ポイント:お互いに約束し合った契約で、「相手が約束を守らないなら、こっちも守らなくていい」と言える権利のことです。
身近な例で考えてみよう
友達との物々交換:太郎くんが花子さんに「僕のゲームソフトをあげるから、君の漫画セットをちょうだい」と約束しました。当日、太郎くんが「先に漫画をちょうだい。ゲームは後で渡すから」と言っても、花子さんは「ゲームと漫画は同時に交換しよう。先に渡すのは嫌だ」と断ることができます。これが同時履行の抗弁権です。どちらか一方だけが先に損をするのは不公平だからです。
②法的根拠(民法533条)
ポイント:民法533条は「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる」と規定しています。
お店でのお買い物で考えてみよう
コンビニでの買い物:りょうくんがコンビニでお弁当を買いに行きました。お弁当を取ってレジに行くと、店員さんが「お弁当をください」と手を出してきました。でも、りょうくんは「お金を払うので、一緒に交換しましょう」と言います。店員さんが「先にお弁当をちょうだい。お金は後でいいから」と言っても、りょうくんは断れます。なぜなら、お弁当とお金は同時に交換するのが普通だからです。
③制度の目的
ポイント:契約当事者間の公平を保ち、一方だけが先に履行して不利益を被ることを防ぐための制度です。
家の建築で考えてみよう
マイホームの建築:田中さんが山田建設に家を建ててもらう約束をしました(建築代金2000万円)。家が完成した時、田中さんが「お金は来月払うから、今日家の鍵をちょうだい」と言っても、山田建設は「お金と鍵は同時に交換しましょう」と言えます。なぜなら、先に家を渡してお金をもらえなかったら困るし、田中さんも先にお金を払って家をもらえなかったら困るからです。お互いに安心して取引するための仕組みです。
2. 成立要件
④双務契約から生じる債務
ポイント:同時履行の抗弁権が成立するには、まず双務契約(お互いに債務を負う契約)が存在する必要があります。
どんな契約で使えるの?
使える契約:けんじくんがみかさんに「僕の自転車をあげるから、君のテニスラケットをちょうだい」という約束。お互いに何かをあげる約束だから、同時履行の抗弁権が使えます。
使えない契約:おじいちゃんが孫のはなちゃんに「誕生日プレゼントに人形をあげる」という約束。おじいちゃんだけが人形をあげて、はなちゃんは何もあげません。こういう時は同時履行の抗弁権は使えません。
⑤同時履行の関係
ポイント:双方の債務が同時に履行されるべき関係にあることが必要です。時期が異なる債務では同時履行の抗弁権は成立しません。
タイミングが大切
同じタイミングで交換する約束:ゆうすけくんがさくらさんに絵を500円で売る約束で、「絵とお金は同時に交換しよう」と決めました。この場合は同時履行の抗弁権が使えます。
違うタイミングで交換する約束:大工の佐藤さんがお客さんの家を建てる約束で、「工事を始める時に500万円、途中で500万円、完成したら500万円をもらう」と決めました。この場合、工事の始まりとお金をもらうタイミングが違うので、完成時の家の引き渡しと最初のお金は同時履行の関係にありません。
⑥相手方の履行遅滞
ポイント:相手方が債務の履行を遅滞していることが必要です。相手方が履行の準備をしている場合は、同時履行の抗弁権を主張できません。
相手が約束を破った時だけ使える
相手が約束を破っている場合:ひろきくんがあやかさんにゲーム機を1万円で売る約束。約束の日に、あやかさんがお金を持ってこないで「来週お金を持ってくるから、今日ゲーム機をちょうだい」と言いました。この時、ひろきくんは「お金がないならゲーム機は渡さない」と言えます。
相手がちゃんと準備している場合:同じ約束で、あやかさんが1万円を持ってきて「お金とゲーム機を交換しよう」と言った場合、ひろきくんは「後で渡す」と断ることはできません。ちゃんとゲーム機を渡さなければなりません。
3. 効果と限界
⑦抗弁権の効果
ポイント:同時履行の抗弁権により、相手方が債務を履行するまで自分の債務履行を拒むことができます。ただし、債務自体が消滅するわけではありません。
「渡さない」と言えるけど、約束は残っている
約束は消えない:まことくんがえりかさんに時計を5万円で売る約束をしました。えりかさんがお金を用意しないで「時計をちょうだい」と言ったので、まことくんは「お金がないなら時計は渡さない」と断りました。でも、えりかさんが後でちゃんとお金を持ってくれば、まことくんは時計を渡さなければなりません。「渡さない」と言えるのは一時的で、約束自体が消えてしまうわけではないからです。
⑧時効との関係
ポイント:同時履行の抗弁権は、時効完成後も永続的に主張できます。これを「永続的抗弁権」と呼びます。
時間が経っても使える特別な権利
ずっと昔の約束でも大丈夫:2010年に、のぞみさんがたけしくんに土地を1000万円で売る約束をしました。でも、たけしくんはお金を払いませんでした。2020年に「もう古い約束だから、お金を払わなくてもいい」という法律の決まり(時効)が使えるようになりました。でも、2025年にたけしくんが「土地をちょうだい」と言ってきても、のぞみさんは「お金を払ってくれるなら土地をあげる」と言えます。時間が経っても、この権利は消えないからです。
⑨一部履行との関係
ポイント:相手方が債務の一部を履行した場合、履行済み部分に対応する範囲では同時履行の抗弁権を主張できません。
一部だけもらった時はどうなる?
半分だけ交換済みの場合:かずやくんがみゆきさんに漫画100冊を10万円で売る約束をしました。みゆきさんが5万円だけ払ったので、かずやくんは50冊を渡しました。その後、みゆきさんが「残りの50冊もちょうだい」と言っても、かずやくんは「残りの5万円を払ってくれるなら、残りの50冊をあげる」と言えます。すでに交換した分(50冊と5万円)については「渡さない」と言えませんが、まだ交換していない分(50冊と5万円)については同時交換を求められます。
まとめ
同時履行の抗弁権は、お互いが約束を守る契約で、両方が公平に取引できるようにする大切な仕組みです。使うためには「お互いに何かをあげる約束」「同じタイミングで交換する約束」「相手が約束を破っている」という3つの条件が必要です。この権利を使うと「相手がちゃんとしてくれるまで、こちらも何もしない」と言えますが、約束自体がなくなるわけではありません。行政書士試験でよく出る問題は、どんな場合に使えるか、時間が経っても使えること、一部だけ交換した時の考え方です。特に、プレゼントのような一方的な約束では使えないこと、交換のタイミングが違う約束では使えないこと、時間が経っても権利が消えないことをしっかり覚えておきましょう。毎日のお買い物から大きな契約まで、いろいろな場面で使われる身近で実用的な仕組みとして、具体的な例と一緒に理解を深めていきましょう。